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彼女の福音

拾玖 ― それが恋でなくても ―

「じゃあみんな、いい?」

 杏がグラスを掲げて号令をかけた。

「智代、朋也、誕生日おめでとう!」

「おめでとう」

「おめでとうです!」

「おめでとうございます」

 みんなで口々に祝福の言葉を述べる中、岡崎と智代ちゃんは恥ずかしげに笑って頭を下げていた。

「しっかしみんなよく来たよね」

「岡崎さんには、いろいろとお世話になってますから」

 渚ちゃんが白い布に覆われたトロリーを押してきた。

「え?渚ちゃん、これがその?」

「だめですよ、覗いちゃ。後でのお楽しみです」

「そうだね……ちなみに、汐ちゃんは?」

「しおちゃんは悠馬さんとお留守番です」

 

 

「ぱぱはよばれなかったの?」

「ようやく出番かなぁ、って思ってたんだけどなぁ……」

「ぱぱ、げんきだして」

 

 

 

「ねぇ陽平、風子はまださっきの部屋に?」

 不意に杏が僕の腕を掴んでひそひそと囁いた。

「多分ね……出てくるのかなぁ……」

 学校で用意された会場は、もともとは美術室だったはずだったのだが、僕達がそこに行くと、部屋は何とと言おうかやはりと言おうか、木彫りのヒトデで一杯だった。

「今日は皆さんヒトデ祭にようこそです!今日はこんなに可愛いヒトデ達を愛でてやってください!こんなに可愛い……はぁぁぁぁああああああああああ」

 がらがらがら、ぴしゃり

 そのままトリップしてしまった風子ちゃんを置いて、僕たちは急いで会場となる部屋を見つけて準備した。ちなみに、結局は昔みたいに演劇部の部室に集まっている。

「ケーキの時、呼んであげよっか」

「そうねぇ……一応同席するから学校貸してもらってるんだしね」

 杏がため息を吐いた。

「てゆうか、あれが美術の先生でいいんだろうか、って思っちゃうんだけど」

「そうよねぇ、授業のたんびにそうなっちゃあ、困るわよね」

「僕もそう思うよ。春原さんもそう思うでしょ」

「そうだね。ちなみに、お前ん時はどうだったわけ?」

「僕?普通だね。僕はねぇちゃんみたいに理系行ったから、美術には詳しくないんだけど」

「そうか」

「ちょっと待って」

 急に杏が手をかざした。

「ん?何?」

「一つ聞かせて」

 びしっと人差し指で僕の二十センチ右を差す。

「鷹文君、いつの間に会話に加わってるのよ!!」

「あっ!」

「いや、遅いって」

 へへっ、と頭をかく鷹文。全然不自然さを感じられなかった……

「僕の固有スキルは『潜入』『目撃』『パソコン』に『自己犠牲』だからね」

「最後のは冗談に聞こえないぞ」

「まったく油断も何もあったもんじゃないわ……」

「そういや、河南子は?」

 すると、鷹文は少し憮然とした顔をした。

「何だか僕がいるイコール河南子がいる、っていう方式が出来上がりつつあるんだけど」

「じゃあ今日はいないんだ」

「いやいるけど。あそこ」

 見ると、河南子が智代ちゃんに何かを言っていた。次の瞬間智代ちゃんが真っ赤になって一生懸命何か説明しているところからして、岡崎がらみでからかっているのだろう。

「いいわよね、二人一緒で。鷹文君も隅に置けないわね」

「そう言う杏さんだって、春原さんといつも一緒だし」

「あ、あたし達はいいのよ!高校生時代からの腐れ縁、って奴?うん」

「にしてはよく電車に揺られて春原さんのところまで行くよね」

「なっ」

 杏が顔を真っ赤にした。

「鷹文君、あんたそれどこで知ったのかなぁ?お姉ちゃん興味あるなぁ」

「ただたまたま電車で見かけただけだよ!って、本当に辞書取りだしたよこの人!」

「止めときなよ杏、外したら事だし」

 むー、とふくれっ面をしながら杏が辞書をしまう。

「いいわ。あとで河南ちゃんにあることないこと言っといてあげるから」

「うわぁ、ひどいなぁ……」

 げんなりとした顔で鷹文が言った。多分、岡崎も似たようなことをしているんだろう。

 

 

 

 

 

 

「あまり大したものじゃなくてすみませんね……」

 椋ちゃんはそう言いながらトランプを岡崎に差し出した。

「いや、忙しい中来てくれただけでもありがたいよ。サンキュな」

「いいえ、どういたしまして。えーっと、ダイヤのクイーン、ダイヤのキングにジョーカーですか……」

 そう言いながら、椋ちゃんは誕生日プレゼントである占いの結果を言って見せた。

「岡崎君は智代さんと別れて孤独を回避できずに堕落していくでしょう」

「うぐぁあ!」

 真っ青になる岡崎。その横で、智代ちゃんが何やら呟いている。

「なるほど……やはり武闘派イケイケ女がこんないい旦那さんと一緒に暮らせるって言うのがそもそも無理があるか……ふふふ、ああ滑稽だ。私は一体どうすればいいんだろうな、朋也?そうだ、そうしよう。いっそそうしてしまおう。朋也がいない世界などいらないからな……ふふ、ふふふふふふ」

 前髪のせいで顔が見えない。はっきり言って、幽霊よりも怖い。

「いや椋ちゃんの占いって当たらないから。大丈夫だって智代ちゃん」

「つ、次行きましょう!はい、鷹文君と河南ちゃん」

「はいねぇちゃん。ねぇちゃんの誕生石のペンダントなんだけど、気に入ってくれるといいな」

「ありがとう……うん、ありがとう」

 何度も頷きながら智代ちゃんはペンダントを見つめると、不意に鷹文を抱きしめた。ええ話や……何だか見てて涙腺が緩んできてしまった。

「で、これ、あんたに」

「……なぁ」

「ん?何?」

「どこから突っ込んでいいのか困っている。とりあえず聞くが、これは何だ?」

「見りゃわかるでしょ、アイス」

「いやわかんねえよ。つーかこれ溶けてるだろ?」

「んな固いこと気にしなさんなって。いいじゃん別に」

「よくねえよっ!」

 何なんだろうね、このプレゼントの差……

「ほら、気にせずはい、これあたし達からの」

 そう言って、今日が僕達が選んだプレゼントを手渡した。

「こっちが岡崎ので、こっちが智代ちゃん」

「これは……ちろり?小さいな、卓上タイプの熱燗セットか。すごいな」

「岡崎って日本酒派だからね。寒くなってくるし」

「ありがとな、春原。何だかようやくまともなプレゼント貰えた気がする」

「へへ、気に入ってもらえてよかった」

「杏……これはまさか」

「うん、陽平の街にビルド・ア・ベアワークショップがあったから、二人で作ったの」

 そう言って智代ちゃんの腕にある金色のテディベアを撫でた。

「本当に、いろいろとありがとう……」

「ま、あんた達にはいろいろとお世話になってるしね」

「うわ、負けたかな」

 そんな二人を見て鷹文が苦笑した。

「甘いな鷹文、プレゼントに勝ち負けなんてないのさ」

 ここぞとばかりにかっこよく決める。

「うわ、陽平が柄になくいいこと言ってる」

「あれ?俺の耳、変になったのか?春原が柄になくまともなことを言った気が……」

「春原も柄になくちゃんとしたことが言えるんだな。驚きだぞ」

 ……すっげぇめちゃくちゃ言われた……

「じゃあ渚のケーキに行きましょうか」

「あ、ちょっと待ってくれ」

 そう言うと、岡崎は自分のコートのところまで行くと、包装紙に包まれた平たいA4サイズの物を取り出した。あれは、本かな?

「智代、誕生日おめでとうな。これ、俺とことみからだ」

「これが……一ノ瀬と電話で話していた?」

「ああ。開けてみてくれ」

 包装紙を破ると、出て来たのは黄色のハードカバーの本だった。

「これって、英語だよね?」

「Winnie-the-Pooh……朋也、これは『クマのプーさん』の原作か?」

「ああ。初版本とまではいかなかったけどな。ことみもそれだけは見つからなかったって言ってたけど、それがミルンって言う作家が書いた最初の『プーさん』の本だ」

「そうか……しかし、何故?」

「ちょっと開いてみてくれ」

 智代ちゃんが戸惑いを隠せないまま表紙を開くと、みんなそれを覗き込んだ。

「ここ、見てくれ」

 岡崎が出版日などが書かれているところを指さした。

「First printed October 14th 1926……!これは」

「そうなんだ。お前の誕生日は、この本の初板が出版された日なんだ。もしかすると、お前のくま好きも、そこから来てるのかもな」

「そうだったんだ……知らなかったな」

「ちょっと一捻り加わったプレゼントだろ?」

 くま好きで、英語が読めて、誕生日が十月十四日。これは本当に、智代ちゃんにぴったりのプレゼントだった。

 あーあ、負けちゃったな。完敗だよ。

 勝ち負けとかがなくても、これは、こればかりは、ねぇ?

「朋也……ありがとう。本当にありがとう」

 智代ちゃんが岡崎の胸に顔を押しあてた。

 

 

 

 

 

「本当に、感謝してもしきれない。ありがとう、杏」

 智代ちゃんがとびっきりの笑顔で杏に礼を言った。

「ああ、ありがとな。あと、春原もいろいろサンキュ」

「まあ親友だからね」

「え?そうだったっけ?」

「今更違うっていうのかよ!」

「ははは……ま、次来た時はこれで一杯な」

「楽しみにしてるよ」

 そう言うと、僕達は学校を出た。パーティーが終わったのが八時ぐらいで、片付けが終わったのが今、つまり九時半だ。僕達はこれから、駅に向かって歩く。

 すると、急に杏が立ち止まった。

「ねぇ陽平、先週の約束、覚えてる?」

「ん?ああ、そうだったね」

 確かこれが終わったら、話があるって言ってた。

「いい……よね?」

「ああ。どっか行こうか」

 そしてたどり着いたのは、駅の傍の小さなファミレスだった。

「つい最近オープンしたの。結構人気みたい」

「そうなんだ。杏はよく来るの?」

 首を横に振る杏は、どことなく緊張して見えた。

 店の奥の静かな席に向かい合って座る。杏と同じでいい、って言ったら、ビールが二つ注文された。

「とにかくお疲れ様。またつき合わさせちゃったわね」

「いやいいよ別に。楽しかったしね」

 すると、杏が俯いた。

「ん?あれ、僕何か言った?」

「違うわよ……その、陽平」

「何?」

「あたしといて……楽しい?」

「へ?」

「答えて」

 変な質問だった。でもまあ強いて答えるなら

「ああ、楽しいよ」

「!!」

「家にいても、ごろごろするだけだしね。それよりは杏とかと何かやってた方が楽しいし」

「……そっか」

「杏はどうなんだよ?僕ん所の掃除とか炊事とかやっててさ、他のことやってた方がいいんじゃないの?」

 それは素朴な疑問だった。はっきり言って、時々聞きたくなる。何やってんの?って。

「いいのよ。あたしは好きでやってんだから。それとも迷惑?」

「いや」

「でしょ?」

 そう言うと、杏は一気に注文したビールを一気飲みした。

「ちょっと杏……」

「ふぅ……」

「いくらなんでも飲みすぎだよ。どうしたんだよ」

「飲んでなきゃやってられないわよ。本当にもう」

 仄かに赤くなった顔で、僕を睨む。しかし、不意に視線が緩む。これじゃあ寧ろ見つめられているって感じだ。

「ねぇ陽平。あんた、好きな人、いる?」

 唐突と言えば唐突。しかし、もしかすると僕はこういう会話が出てくるのを予想していたのかもしれない。

「いや、特に」

「何でよ」

「いや別に、何でって聞かれても」

「ふーん……まあいいや。あたしはね、いるんだ」

「……へえ。そういや、水族館でそんな話聞いたね」

「鈍感な馬鹿だけどね。何だかすごい友達思いだし。見てるところは見てるのよね」

「そっか。いい奴なんだね」

「ほんと。すっごい鈍感だけどね」

 すると、杏は僕のグラスにも手を伸ばして、中のビールも一気に呷った。

「あ、ちょ、まだ全然飲んでないのに……」

「いいから。聞いててよ」

 きっかりと僕の目を覗き込む。いや、見据えると言った方がいいだろうか。

「あのね陽平、本当によく聞いてほしいの」

「だから聞いてるって」

「一度しか言わないからね。いい?」

「ああ」

 それでも杏はため息を吐いたり、辺りを見回したり俯いたりしていた。あまりに長い間何も言わなかったので、もう聞き逃しちゃったのかな、と思っていたら、意を決したように立ち上がると、僕の向かいの席から僕の隣に座った。

「陽平!」

「は、ひぃい!」

「よく聞いてね?聞いててよ?」

 念を押す。そしてゆっくりと僕の胸に頭を乗せた。

「きょ、杏?」

「……まったく。顔見て言うって、約束したのにね」

「へ?」

「陽平」

 顔をジャンパーに埋めながら、杏は小さく、でもはっきりと言った。

 

「あたし、あんたのことが好き」

 

「……杏」

「つーか、あんた鈍感すぎよ。普通気付いてそっちから言うもんじゃないのよ」

「そういう……ものかもね」

「で、あんたはどうなの?」

 杏が上目遣いで不安げに睨んできた。

「あんたは、あたしのこと、どう思ってるの?」

「僕は……」

 

 僕は誰かを好きになるなんてことはない。そんな度胸はない。

 僕と杏の間には、恋なんて強いものはない。そんなもの、僕は持てない。

 だから、これは恋じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「杏が好きだよ」

 

 

 

 

 恋じゃない。

 でも、なぜだろうね。

 それでも僕は杏の傍に居てやりたいと思った。いや、居たいと思った。

 

 

 

 抱きついて泣く杏の、そのさらさらな髪の毛を撫でながら、そう思った。

 

 

 

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